京都人は、このお寺をくろだにさんと呼んで、
金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)と聞いてもピーンときません。
ここは、幕末の京都守護職を務めた会津藩主
松平容保が本陣を構えたお寺です。
会津藩墓参道の道標に沿って墓道を登ると
”会津藩殉難者の墓地”があります。
戦士者以外に名も無い婦人も葬られています。
今、京都市観光局の「京の夏の旅2013」で御影堂が公開されています。
その奥では、新島八重の直筆の掛け軸や会津藩墓地での集合写真、
鎧兜など新島八重と会津藩ゆかりの寺宝を展示されています。
82歳の新島八重は、温かくきりっとして写真に映っていました。
これからの大河ドラマ”八重の桜”を観るのが待ち遠しくなりました。
*寺宝は撮影禁止でした。
御影堂 |
会津藩墓地 |